AI時代にはロジカル思考を捨てろ!!

ビジネスの場に於いては『ロジカル・シンキング(論理的思考)』という物が持てはやされています。

私自身もコンサルティング会社出身という事で、入社当時は、しきりに、そのトレーニングをさせられたものです。そのおかげか、廻りには所謂『頭デッカチ』な人間が溢れ、違和感を感じる事も度々ありました。

もちろん、私はこれを全て否定するつもりはありません。特にビジネスの場では理論武装された言葉は納得感が得られやすく、仕事がスムーズに進むという利点があります。

但し、それが正しいかどうかは別問題です。

 

結論から言うと、人間には、『ロジカルな思考』と『感性』という2つの重要な要素が存在し、そのバランスが需要なのです。

 

特にAI(人工知能)の時代には、この『感性』こそが重要な意味を持ってきます。

 

近代経営学というものが、欧米からもたらされ、それを基にした『グローバル・スタンダード』という物が世界中を席捲する中、『感性』という物は久しく過小評価されてきました。

日本は元来、この禅などに代表される『感性』を非常に重要視してきた歴史があり、前近代の時代はビジネスの場でも重要視されてきたのです。

しかし、欧米からもたらされた『グローバル・スタンダード』により駆逐され、その価値は低下。今、会議の場で『感性』などという言葉を使うと、『そんな可視化出来ない曖昧な定義で商売が出来るか!! 』という風潮になりがちです。

しかし、本当にそうでしょうか?

ビジネスの本質は、人をハッピーにさせる事です。

ハッピーな場からは、ポジティブな会話が生まれ、人はそこに心地よさを感じ、またそのサービスを利用したいと思う。その繰り返しこそが、ビジネスの本質なのです。

そう、ビジネスとは本来、人間の『感性』に働きかける物なのです。

では、なぜ『感性』が軽視されるのか?

それは『効率的』で無いからです。『感性』とは年齢や性別、その国の歴史、風習など様々な属性によって異なります。それぞれに合わせていると効率が悪いので最大公約数をとってやろう、という少々乱暴な要素が『ロジカル・シンキング』には内包されているのです。

私の経験上、優秀な人ほど『感性』を大切にする傾向があります。

これは、コミュニケーションでも同じで、『ダメな人』は反対する相手を論理的手法(理詰め)で納得させようとします。しかし、人間とは本来『感情的動物』ですので、この方法では絶対に納得は出来ません。

しかし、一応その場はそれで収まるんです。ただ、不満は残り、それが重なる事で、いつか爆発。そういった人間に人は付いてこないのです。

ビジネスの場で一番大事なのは『共感』です。客がそのサービスや商品に『共感する』、それがあれば商売は儲かる、と言っても過言ではありません。

 

飲食の世界では、『客に手を挙げさせたら負け』という言葉があります。

例えば、お客さんが水が欲しい、と感じた時、そのニーズを先読みして先手を取るサービスを行う、この事がプロの仕事だと言うのです。これを感じ取る能力が『感性』だと言えます。

今後、ビジネスの場にもAI(人工知能)の普及が急速に進みます。

論理的思考では、人間は人工知能にはかないません。ならば、人間は『感性的思考』に特化する他ないのです。

 

実は、この『感性』をトコトンまで追求して成功したビジネスマンがいました。

それが、アップルコンピュータの創業者であるスティーブ・ジョブズです。

現在時価総額で世界一となった同社は、まさに彼の『感性』によって生まれました。市場調査などを一切行わない代わりに、彼はフォントやハードウェアのデザインには細部まで拘りました。

彼のビジネスは絶対にAI(人工知能)では作れません。それは効率性とは対極の位置にあるからです。

でも、彼の『感性』に消費者は『共感』したのです

『グローバル・スタンダード』から『オリジナリティ』へ

『グローバル・スタンダード』をAI的思考と言うなら、『オリジナリティ』は感性的思考と言えるかもしれません。

そして、これからのビジネスマンに必要なのは間違いなく『感性』です。『ロジック』では人を感動させたり、共感させる事は出来ません。

では、この『感性』はどうやったら鍛えられるのでしょうか?

これは、もう『筋トレ』のような物で、ひたすら現場に立ち続けるしかありません。

先の飲食業の話を例にするなら、初めは全く分からない状態でも、経験を積みお客さんを観察し続ける事で、ウェイターを探す視線などの細かいシグナルに気付き、段々とお客さんが手を挙げる頻度が下がってきます。

経験を積む事で今まで見えなかった物が見えるようになってくるのです

ただ、『感性』を具現化するには、『情熱』が必要です。

『感性』の難点は、上手く説明が出来ない点にあります。例えば、素晴らしい絵画を見て、どう素晴らしいのか、それを説明するのはなかなか難しい作業です。その説明できない物に『共感』を得るには、あなたの『情熱』しかありません。

また、そういう世界では、コミュニケーションの手段をも見直す必要があるのかもしれません。言葉というのは、形の無い物を説明するには、余りにも『もどかしい』存在だからです。画像や動画と言った物をコミュニケーションの中に同化させるような工夫も必要になってくるかもしれませんね。