シェアビジネスは街を混沌にいざなうのか?

現在、世界のユニコーンの企業価値を見て行くと1位が米国『Uber』、そして、2位が中国の『DiDi』と共にライドシェアの企業がランクされている。
日本では、ライドシェア・アプリなどと紹介される事が多いが、世界的な評価は単なるアプリでは無く、自動運転時代のプラットフォームを目指す存在として認知されています。

ところが、最近少し個人的には驚くニュースが舞い込んできました。それは、UberのCEOが今後は自動車では無く、レンタル・サイクルと電動キックボードへと事業の軸足を変更する、という物でした。

自動運転のプラットフォームと目されるライドシェアですが、個人的に、このビジネスの核心は『人の移動に関するビックデータ』を得る事ではないかと感じています。その観点で考えるとラスト・ワンマイルを把握する為には、その先のツールが必要で、それが自転車であり、電動キックボードなのかもしれません。

現在、レンタル式の電動キックボードには様々な企業が参入しており、アプリからレンタル可能なボードを探し、好きな所で乗り捨てが可能。料金も1~2ドルと安い為、市民の気軽な足となっている。
確かに、たった数キロを1トンの鉄の塊に乗って移動するよりかは遥かに環境に優しく、お手軽ではあるが、頭を悩ませているのは行政である。

そもそも、クルマの為に設計された道路は、この時速24キロで走る乗り物と相性が良いとは言い難い。この新しい乗り物は小さく目立たないが、気軽に鍵に繋いで歩道に放置できる為、車いす・ベビーカー、そして歩行者にとって邪魔な存在になりつつある。
特に、最近サンフランシスコなどの大都市では、配達ロボットや自動運転車などの公道実験が各所で行われており、この新参者の存在は、それらを混乱させる要因に成り兼ねないのである。

事実、サンフランシスコでは車線の数も少なく、歩道の幅も狭い。そこに電動キックボードを放置される事で問題が発生し、行政は結局キックボードの置き場所を設置しなくてはならなくなった。

さらに厄介なのは、誰でも乗れてしまう、という事。ヘルメットなどの装着も一部の自治体は義務化したが、徹底されているとは言い難い。当たり前だが、誰もがバックにヘルメットを完備しているの訳では無い。
当然、中には乗るのが下手な人や、歩道を走るルールを守らない人も少なからず存在する。彼らが引き起こす問題は、一部の人達を苛立たせ、秩序を乱している。

テクノロジーの発展は、それに伴う法整備を付帯する必要がある。
ただ厄介なのは、そのサービスが果たして一過性の物かどうかという点である。法整備はしたが、サービス自体は既に終了してしまった。そして、違う未知のサービスが生まれ法整備を急がせる、という事態にも成り兼ねない。

また、現在自動運転車の技術はほぼ実用段階にある。ただ、実際の公道には『困った人達』が多く存在する。車線を変えようとすると、急に速度を上げて車間を詰めて、入れさせないようにする、や自動運転車を見つけるとわざと車道に飛び出し、性能を試そうとする。こう言った不合理な行動はコンピュータには理解出来ない。
現在のフェーズは、実際に町を走らせて、これら『困った人達』と出来るだけ多く遭遇させることで学習を施している段階と言えます。これら新サービスは彼らにとって未知の存在であり、逐一、その対応に迫られる事になる。

果たして10年後の公道がどんな状況になっているかは誰にも分からない。ただ、人命に影響する以上、それに対応した法整備は不可欠である。
且つて『セグウェイ』が登場した時は未来の乗り物と持てはやされた。これに対応する法整備も一部では囁かれたが、現在、それを街で見かける事は皆無である。ここに行政の難しさがある。次々と新しいサービスが登場しては消えていく。果たして何が生き残るのかは誰にも分からない。

そして、それに対応出来なかった場合、まるで鬼の首を取ったのかの如く、国を行政を攻めたがる人間は山ほど存在するのである。
ただ、大事なのは国や行政に頼るのでは無く、自己責任の意識を磨く事である。法は重要だが全ての状況には対応出来ない。それが出来るのは自分だけなのです。