テスラがネット販売を本格化。世界初のD2C量産車メーカーへ。

米国大手EV車メーカー『テスラ』のCEOであるイーロン・マスク氏が、同社製品をネット販売へと一本化する事を発表しました。これにより、米国内だけで130カ所ある直営ディーラーは、一部を除き完全に閉鎖される事になる。

試乗も実車も見ずに新車を購入する。ついに、そんな世界がやってきた。
テスラ社は、28日に自社のウェブサイトを更新し、同社初の量産車『モデル3』に3万5000ドル、3万7000ドルの2つの廉価版を追加した。
そして、注文画面から車体の色やグレード・オプションなどを選びカード決済で頭金を支払えば、購入手続きがオンライン上で完了する機能を整えた。

私は、社会人人生の多くの時間をクルマ業界で過ごしてきた。
実車を見ずにネットでクルマを売る。中古車業界では、既に当たり前となった手法で、一部の店舗では、月間販売台数の半分がネット経由という事も珍しくない。

実は、この手法が中古車業界で始まったのは30年以上も前の話で、インターネットが整備されていない当時は、衛星回線を用いていた。その会社は、当時まだベンチャー企業であった、クルマ買取大手のガリバーで現在は『IDOM』の会社名を改めている。

このように、ネット販売の歴史の長い中古車に比べ、新車に於いては今もディーラーに何回も足を運んで買う、という商習慣が維持されている。

それには、様々な理由が存在するのだ。

・ディーラーの整備拠点としての存在。

自動車ビジネスの拠点とも言えるのがディーラーだ。
日々発生するオイル交換や法定整備。そして、自動車保険に至るまで全てを担当し、1人の顧客に1人の営業マンが付く事で、定期的な乗換え需要を囲い込んできた歴史がある。

・値引きの商習慣。

今や、一部の車種を除いて低下で新車を買う人間は存在しない。

つまり、自動車業界に於いて、定価自体が信憑性を失っているのだ。
その為、利用者は否応なくディーラーとの駆け引きに巻き込まれる事になる。

そして、買いたくも無い競合他社の見積もりを取ったり、何度も休みの日にディーラーに足を運んで駆け引きを繰り返した挙句、ようやくクルマを買う事が出来る。

その為、ワンプライスのネット販売とは非常に親和性が低いのだ。

・商品をディーラーが独占している。

自動車業界の場合、新車をメーカーから仕入れられるのはディーラーだけだ。
この一見、独禁法に抵触しそうな商習慣であるが、自動車業界の力の強さが災いして、現在でも続いている。その為、ディーラー以外の店が新車を仕入れる場合、ディーラーの業販部から仕入れる事になる。 

利用者にすれば、この時点でディーラーと販売店という2つの企業のマージンが含まれるため、安く販売する事が難しくなる訳だ。
この詳細については、以前の記事で少し触れているので、そちらを見て頂きたい。

実際に、メーカーの意にそぐわない値引きや海外への転売を行うと、事実上の取引停止に追い込まれる。

このように、現在まで新車のネット販売を占め出してきたのは、ディーラーの存在と、容易に返品が出来ない、日本の税制や車庫証明制度が原因だと言える。

・ネット販売に舵を切ったイーロン・マスク。

さて、今回のイーロン・マスク氏の発表は、方針変更と言うより、ネット販売に耐えうる生産・物流システムが、ようやく整った事を意味すると考えた方が良さそうだ。

利用者にしてみれば、故障した際の対応などが気になるところだが、その点は、遠隔診断と専用のメンテナンスカーを巡回させる事で解決される。

それでも、何か不安だと言う声も多いと思うが、私個人は、これについては、さほど問題視していない。
それは、30年前から中古車がネットで売れる訳が無い、という業界内外の声にも関わらず、現在は普通に売れている、その歴史の経過を現場で見て来たからだ。商品の質が安定しない中古車よりも新車は、基本的にどこで買っても同じ商品が届く。その為、思った程ハードルは少ないのだ。

試乗に関しても、今後自動車は、着実にコモディティ化して行く。
自動車の乗り味を決定付けるのは、エンジン・トランスミッション・足回りという3つの要素が大きいが、エンジンがモーターに入れ替わる事で、トランスミッションもなくなり、『似たような車』が多くなる為だ。その為、スペックを見るだけで、ある程度の予測は出来てしまう。

一方、私が危惧するのはキャッシュフローの問題だ。

自動車に場合、1台当たりの生産コストが高い為に、何日で現金が回収出来るかが非常に重要になって来る。ローンの場合だと問題無いが資金を回収するには、納車をしなければならず、注文→生産→流通というサプライチェーンを如何に高速回転させるが重要性になってくる。

ここで問題となって来るのが、工場の数だ。

理想とするのは、世界中に工場があり、注文を受けると近くの工場で生産、そこから顧客の下に届ける事だが、生産拠点を分散すると生産コストが高騰する。
現在、テスラ社の工場はアメリカ本国と、建設中の中国の2カ所だ。そこから世界中の顧客の下に届けるとなると、どうしても時間が掛かるのだ。
そして、この『間』は否応なく同社のキャッシュフローを悪化させてしまう。

勿論、こんな事は素人の私が指摘するまでも無く、マスク氏は認識している筈だ。
そして、この問題を解決して、本当の意味のD2Cを自動車業界で実現した時、それは業界にとっては大激震だと言える。この辺りは、以前の記事に詳しく書いているので、興味のある方は見て頂きたいが、確実に業界の足元も揺るがすインパクトを持つのだ。そして、業界も国も変わらずにはいられなくなるのだ。

その意味で、私はマスク氏の取り組みを期待を持って見守りたいと思っている。
それは、業界にとって血を流す痛手にはなるが、決して避けて通る事が出来ないと信じるからである。