独自の投資スタイルを貫く孫正義氏。その知られざる手法とは?②

10兆円もの資金を集めたソフトバンク・ビジョン・ファンドですが、この巨額の資金を如何に投資して行くかは、孫氏独自の方法が存在します。
彼が最も重要視するのは、経営指標でも無ければ事業業域でもありません。それは、創業者の『人』なのです。

事実、且つてアリババのジャックマー氏に投資を決めた際、同社の事業領域はB2Bでした。しかし、現在のアリババの売上に占めるB2Bの割合は数パーセントでしかないのです。
ビジネスモデルは、環境の変化により時々刻々変化します。どんな素晴らしいビジネスプランでも、そこに意味はないのです。

因みに、孫氏がアリババへの投資を決めたのは僅か5分間の面談だったと言われています。勿論、それだけの時間で事業の説明が出来る訳も無く、経営数値の説明もありません。実際、その頃のアリババの売上は3年間で5万円程で、例え聞かれたとしても答えられなかったでしょう。

そんな中、孫氏はジャック・マー氏が要求する金額の10倍の額(22億円)を投資すると言い残し、席を立とうとします。驚いたマー氏は、そんなに必要無いと固辞しますが、お願いだから投資させてくれと、半ば無理やり資金を押し付ける形で、投資が決まったのでした。

当時の事を回想して、後に孫氏が語った事によると、彼のカリスマ性に圧倒されたんだ、と。
マー氏は決してエリートでは無く、どちらかと言えば落ちこぼれでした。彼の魅力は頭脳では無く、例えば、彼が水に飛び込めと言えば100人の人間が、彼を信じ無条件に飛び込む様な、そんな生まれ持ったカリスマ性とリーダーとしての才覚を感じた、と後に語っています。

つまり、情熱を持ったリーダーの下に優秀なチームがあれば、ビジネスのアイデアは、どんどん改善して行く事が出来る。しかし、この肝心なリーダーシップが無ければ、その実行力は上手く機能しない。その事は、孫氏は長い経験の中から学びだした不文律と言えるのだ。

・投資先に選択肢を与えない。

多くのスタートアップにとって、莫大な資金を供給してくれるソフトバンク・ビジョン・ファンドは、有り難い存在だ。常に未来に対する旺盛な投資が必要な彼らにとっては、食べ放題のビッフェを提供されたようなものだからだ。

一方に於いて、既に潤沢な資金を有している新興企業にとっては、謂わば非常に迷惑な存在だ。必要のない金を押し付けられる事は、創業者のプレゼンスを低下させる事に繋がるからだ。

しかし、彼らは決してその資金の受入れを断る事は出来ない。
なぜなら、同ファンドは仮に資金を受け入れなかった場合、この資金は競合他社に流れる事を、暗に仄めかすからだ。結果的に、ビジョンファンドに選ばれた企業にとって、その資金を受け入れないという選択肢は存在しないに等しい。
否応なく受け入れざる負えないのだ。

このような強引な手法が問題視されながらも、現在のところ同ファンドの業績は上手く行っている。既に事業別利益としては、国内通信事業を上回り、稼ぎ頭となっているのだ。

ただ近年、その先行きを不安視するような事態が起こりつつある。
それは、同ファンドの主要出資先であるサウジアラビア側が、不信感を露わにし出したのだ。
その理由は2点。

・投資先選定の段階で、孫正義氏の影響力が大き過ぎる。
・投資先の企業価値の算出が高過ぎる。

・高過ぎるリスクが問題視される事も…。

現在、同ファンドの投資先は、レイト・ステージの新興企業が中心だ。
これは、創業間もない企業とは異なり、ある程度生き残る術を手にしている、という点に於いては投資リスクを押さえる事に貢献している。

しかし、一方に於いてファンドの構造そのものに対する不安が付き纏う。

ビジョンファンドの大きな特徴として,その借入金の大きさがある。
1000億ドルの資金の内、実に400億ドルが銀行からの借入で賄っているのだ。そして、この借入に掛かる金利は7%と莫大だ。
つまり、ベンチャーキャピタルとしては、異例にリスクの高い構造になっている。

これにより、出資者のリスクは低くなるが、280億ドルを拠出するソフトバンクのリスクは、かなり大きいと言える。

孫正義氏は、生まれついてのギャンブラーだ。
彼は、それらの『賭け』にことごとく勝ってきたから現在があるのだ。
それは、単に彼に『運』があると言うだけでなく、正確に未来を見通す情報力に裏打ちされている。

ただ一方に於いて、一抹の不安を感じずにはいられない。
特に個人的に気になるのが、自動運転技術の開発の遅れだ。

ご存知の通り、Uberに代表されるライドシェア業界は、ソフトバンクの独壇場と化している。このビジネスモデルは、自動運転技術を前提として設計されている。現在のところ、ドライバーへの報酬が重荷となり、各社数千億円/年の赤字を垂れ流し続けている。既に実用間近と言われた同技術だったが、1件の事件が状況を一変させてしまった。

それが、Uberが引き起こした死亡事故だ。

事故のニュースは、衝撃的な映像と共に世界中に配信され、世論を一変させてしまった。

それにより、計画されていた実証実験などは,ことごとく中止に追い込まれる事になる。そして、その後グーグル傘下のウェイモやUberと言った自動運転技術で最先端を行く企業の技術者から、悲観的な意見が多く出される事になる。現在のところ、今後10年以内に技術が確立する事は、ほぼ不可能と言う意見が大勢を占めており、業界に暗い影を落としている。

問題は、これらライドシェア企業の資金が、それまで持つかという点にある。

多くのビジネスが失敗する要因には、『早過ぎた』という物が意外と多い。
とにかく、年間の赤字額が巨額過ぎるのだ。ライドシェア業界に留まらず、多くのスタートアップは、収益面の不安を抱えている。肥大する企業価値と反比例して、債務額は増えるばかりだ。

現在は、好景気により比較的資金が集まりやすい状況が続いているが、この先10年、それが継続するという保証は無いのだ。

ビジョンファンドの登場は、良くも悪くも業界を一変させてしまった。
一種の”バブル”をもたらしたのだ。彼らが投入する巨額の資金は、伝統的なプレイヤーを恐れさせるには十分だった。

文字通り『置いて行かれる』事を恐れた既存のベンチャーファンドは、こぞって大量の資金を集めるようになり、1社当たりの投資額が飛躍的に伸びる事になる。まさに”桁”が変わったのだ。

この事は、スタートアップにとって諸刃の剣と言える。
確かに事業の拡大は、以前に比べ格段にやり易くなったが、起業家から、一種の『ヒリヒリ感』というべき緊張感を奪ってしまう可能性がある。

景気後退が見え始めた昨今、リフト、Uberなどのユニコーン企業達は、争うように新規上場に動き出した。ただ現状を見る限り上手く行っているようには見えず、状況は悪くなっているように感じる。
景気の後退局面では、今のように『輸血』に頼った経営手法では、自ずと限界があるのだ。重要なのは、今現在の持ちうる経営資源で、如何にマネタイズして行くか、という事だ。

孫正義という男が、桁外れのスケールを持った稀有な経営者と言う事は疑いようもない。

果たして彼が、このまま勝ち続づけて引退を迎えるのか、それとも大きな挫折を味わうのか、それは神のみぞ知るだ。ただ、彼にとって大事なのは結果でなく勝負し続ける事なのかもしれない。

正直私は、これまでソフトバンク株では数百万の損失を被ってきた。
普通なら、もう近寄りたくも無いと感じるところだが、彼の不思議な魅力に憑りつかれたのか、嫌いになり切れない自分が居る。彼の持つ、そんなカリスマ性が廻りの人間を惹きつけているのだ。好き嫌いはあるだろうが、見ていると決して退屈しない、まさに彼はそういう人間なのだ。