米国の対中関税引き上げは、なぜ破滅的結果をもたらすのか?

トランプ大統領は、2000億ドル相当の中国製品に対する関税を、現在の10%から25%に引き上げる事を、突如Twitter上で発表した。これを受けて翌日の株式市場は混乱。米中貿易摩擦の先行きは、一段と不透明感を強めた形だ。

自らを、恥ずかしげも無く『タリフ(関税)・マン』と呼ぶ無邪気な72歳の老人は、今回も世界を驚かした。大統領選での再選を目指すトランプ氏にとって、北朝鮮やベネズエラでの外交の失敗を払拭するには、大きな『手柄』が必要なのだ。

その点に於いて、中国は最適な存在だと言える。
彼らはこれまで、自らが同意し利益を得て来た国際的貿易規則を顧みず、頻繁に違反を繰り返してきた。更には、外国企業の知的財産を盗用し、彼らに対し不公正な条件を課してきたのだ。

大国アメリカの地位を脅かす、悪玉『中国』という構図は、アメリカ人のナショナリズムを心地よく刺激してくれる。

一方、受けて立つ中国の習近平にとっては、トランプは頭痛の種だ。

彼の謂わば支離滅裂な対応は、その行動の予測を非常に困難にしている。実際、今回の発表も、まさに寝耳に水とも言えるものだった筈だ。

国内の過剰債務に苦しむ中国にとって、急激な経済の衰退は、国内の政情不安を招く恐れがある。様々な権利の制限を受けながらも、中国人が共産党を許容するのは、少なくても経済が確実に成長してきたからだと言えるのだ。その為に、絶対的に必要な要素が『雇用の安定』と『持続的成長』だと言える。

その意味で、両者が合意を必要としている点は間違いない。
しかし、それには如何に体面を傷つけずに合意に導けるかがポイントになる。

根本的な問題として、中国には共産主義思想に於ける計画経済と、資本主義経済が国内で混在しているという大きな矛盾が存在する。具体的には、国営企業の存在を指すが、この削減と補助金の是正という点が大きな争点となる。自己のシステムを保ちつつ、そこに如何に手を付けて行くか、という微妙な舵取りが求められるのだ。

・果たして『関税』を支払うのは誰か?


『財務省に中国から数十億ドルが流れ込んでいる。以前は10セントたりとも入っていなかったが、今では数十億ドルだ。』
    

                 ドナルド・トランプ

上記の言葉は、今年の1月24日に行われたトランプ氏の発言だ。
まず、最初に明確にしておかなければならない点は、この発言は『ウソ』だという事だ。

そもそも関税とは、製品を輸入した企業が米政府に支払うものだ。
中国製品を輸入する企業の殆どは、米国企業か、米国に登録された外国企業の子会社である。
では、それらの企業は、製品の供給元である中国企業に、そのコストを転嫁しているのか?、結論としては、一部の中国企業は関税の一部を負担している。
ただ多くの場合は、コストの削減や商品の販売価格に転嫁したり、供給元の中国企業に値引きを迫る事で凌いでいるのだ。

具体的に見て行くと、鉄鋼・アルミニウムへの関税の影響で、鉄鋼製品の価格は昨年9%上昇し、その増加コストは56億ドルにも及ぶ。また、電化製品に関しても、軒並み10%前後の値上げが行われており、それらを負担している米企業のコストの総額は、月に30億ドルに迫る勢いだ。

至極当たり前の事であるが、『関税』を負担しているのは米国人だ。
それも、価格の安い中国製品の主なユーザーは、貧困層だと言える。

更には、昨年の中国の報復関税の煽りを受け11月の米国の輸出額は、前年同期比41億ドル(37%)の減少した事が分かっている。今回、中国により報復関税が再開される事になれば、その影響は着実に雇用を圧迫し、最も影響を受けるのは貧困層だと言えるのだ。

このような事を踏まえると、現在展開されている米中の闘争は『チキン・レース』だと言える。
崖に向かい全速でアクセルを踏み込むトランプは、困った事に自分の能力を過信し、息巻いている。一方、対する習近平は共産主義体制の崩壊に繋がる安易な妥協は、自らの死に繋がる事を理解している。結局のところトランプ氏が求めるのは、計画経済、つまりは共産主義の放棄に他ならないのだ。

※(歴史的に見て、共産主義思想とは階級社会だ。一部の人間に特権を与える事で制度を維持する。その特権こそが政治ポストであったり、国営企業だと言える。)

今回、より多くの譲歩を迫られるのは習近平に間違いない。
それは中国が、不公正な制度を採用している事は事実だからだ。

ただ、一方に於いてトランプ氏の責任も甚大だ。
今回の闘争では、一歩間違えばギャラリー諸共、崖の下に引きずり込む危険をはらんでいる。
このような事態を避ける為に、戦後世界は、GATTに始まりWTOを設立し、個別での貿易闘争を避ける仕組みを構築してきた。それは、経済的闘争が、やがて軍事闘争へと発展してきた過去の教訓に習った英知の結晶だった筈だ。

今回、トランプはWTO脱退までチラつかせることで、この世界的枠組みを形骸化させてしまった。先人の努力を無にしてしまったのだ。

多くのエコノミストによる予測によると、近い将来アメリカは中国にNO.1の地位を明け渡し、その中国さえも、その後インドに打ち負かされるという意見が大勢を占めている。

歴史を見る限り世界は常に大国のエゴに振り回されてきた。

ただ、忘れてはならない点は近年の中国の急速な発展は、米国が引き起こしたリーマン・ショックに端を発しているという点だ。あの馬鹿げた詐欺的行為の蔓延が米国の力を削ぎ、結果的に中国の台頭を許してしまった。不公正と分かりつつも、その条件を受け入れたのは、疲弊した米国経済の回復には中国市場の役割が不可欠だったからだ。その事を理解していた中国に、米国は足元を見られた、という事に過ぎないのだ。

現在は、世界秩序の過渡期にあると言える。
相対的に見て米国の国力は落ち込み、既に余裕を失っている。
戦後、一貫して欧米が握ってきたパワーバランスは、徐々にアジアに移りつつある。そして、この地で覇権を握る者が新たなスーパーパワーを手に入れる事は明白だ。その中で注目すべき存在は、やはりインドだ。

中国は、何も無かったから発展した。
まともな社会・商業のインフラが存在せず、非効率の塊のような社会だったからこそ、強力な伸びしろが存在したとも言える。それをネットを活用する事で急激な成長を手にしたのだ。つまり、ネット時代の成長の原動力は、この『不便さ』にある。

多くの先進国でEコマースシェアが10%以上で推移している中、日本が依然5%前後に留まっているのは、生活の中で『不便さ』を感じる事が比較的少ないからだ。それは、メッシュ状に張り巡らされた小売網により、車で10分も走れば小売店が存在し、徒歩圏内にコンビニが存在する。何もわざわざネットで購入する必要がないのだ。日本の場合、この便利さが逆にボトルネックとなり、成長を阻害してしまっている。

一方インドは、この成長要因を満たしており、Eコマース単体で見ると年間40%以上の急成長を続けている。この数字は世界的に見ても断トツに高い。

おまけにインドには、13億人という巨大な人口を有しており、2030年には中国を抜き去るという統計データがある。『一人っ子政策』により世代別の人口構成が歪な中国に比べ、遥かに健全な人口構成を有しているのだ。

また、カースト制度などの名残は残る物の、政治面ではイギリス式の議会政治が根差しており政治的にも安定していると言える。

 今世界は、パラダイムシフトを迎えつつある。世界のパワー・バランスが大きく変わろうとしているのだ。その中では当然日本も無関係で居られる訳も無く、否応なく巻き込まれる事になる。その意味で、この先の10年間は非常に興味深い時代になる可能性があると言える。